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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)109号 判決

原告 イタリア国法人ジー・エム・カザレジ・コンパテア・デイ・ナビガツオヨーネ・エ・コムメルチヨ・エス・ビー・エイ

被告 西商事株式会社

主文

原告被告間の損害賠償請求仲裁判断事件につき、昭和三二年(西歴一九五七年)一月一日仲裁人アルフレツド・モーレイ・コニーベアが英国においてなした仲裁判断の強制執行をなすことを許可する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金七百万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として次のとおり陳述した。

「一 原告は、昭和二九年(西歴一九五四年)一月二五日、被告との間に、英国法にもとずき原告所有の汽船エリサ号(約五、六五一総トン)を被告に対し代金米貨金一六二、四〇〇ドルで売り渡し、被告はこれを買い受ける旨の書面による売買契約(以下本件売買契約という。)を締結し、同時にこの契約にもとずいて生ずる一切の意見の相違、請求又は紛争は、すべてロンドンにおいて当事者がそれぞれ一名の仲裁人を選任し、その仲裁によりこれを解決することを特約(以下本件仲裁条項という。)するとともに、右売買契約(仲裁条項を含む。)の準拠法を英国法とする旨を合意したが、被告はその懈怠により日本政府の右汽船に対する輸入の承認を得ることを不能ならしめたので、原告は、同年九月二七日、書留内容証明郵便で被告に対し右被告の債務不履行にもとずく原告の損害合計金二〇、九六六ポンド五シリングを支払うよう催告し、右郵便は、同月二八日、被告に到達したが、被告はその支払をしなかつた。

二 そこで原告は、右損害賠償の請求に関し仲裁判断を求めるため、アルフレツド・モーレイ・コニーベア(以下コニーベアという。)をその仲裁人に選任し、同年一一月二日付で被告にその旨通知するとともに、被告に対し、右通知受領後二八日以内に仲裁人を選任することを求め、かつ被告が右期間内にこれをしなかつたときは、英国一九五〇年仲裁法(Arbitration Act, 1950 )第七条の規定によりコニーベアが単独仲裁人となる旨を通知した。右通知は同月一七日に被告に到達したが、被告は、その仲裁人の選任をしなかつたので、コニーベアは右規定によつて適法に本件仲裁判断手続の単独仲裁人となつた。

三 昭和三〇年(西歴一九五五年)一〇月一四日、コニーベアは仲裁判断のための審理期日を同年一二月二一日と指定したが、同人の病気のため右期日を延期(被告にも通知)し、更に同三一年(西歴一九五六年)四月一〇日、審理期日を同年七月一一日午前一一時、場所をロンドンEC三、セント・メアリー・アクス二四/二八バルテイツク・エクスチエンジB仲裁室と指定し、いずれかの当事者が正当かつ充分な欠席理由なくして同日出頭しないときは、出頭した相手方の要求があれば仲裁を一方的に進行する旨を両当事者に通知した。右指定の期日には、原告代表者清算人ルードウイツヒ・シユーベン及びその代理人が出頭したが、被告は出頭を拒絶した。原告代表者は、一方的な仲裁の進行を求め、宣誓のうえ本件仲裁判断の審理に必要な書類を提出した。

四 コニーベアは、前記英国仲裁法に定める仲裁手続にもとずいて審理のうえ、昭和三二年(西歴一九五七年)一月一日、被告は原告に対し、英貨金二〇、九六六ポンド五シリング又はこれを一ポンドにつき金一、〇〇二円六〇銭の割合によつて換算した邦貨相当額金二一、〇二〇、七六二円二五銭及びこれに対する原告が被告に損害金支払を請求した書面が被告に到達した日の翌日である昭和二九年(西歴一九五四年)九月二九日から右完済に至るまで年六分の割合による利息、仲裁費用英貨金八四ポンド又は前記換算率による邦貨相当額金八四、二一八円四〇銭並びに英国最高法院徴税官が慣例的に決定する原告の本件仲裁費用金一七九ポンド二シリング八ペニー又は前記換算率による邦貨相当額金一七九、五六五円七〇銭を支払うべき旨の仲裁判断(以下本件仲裁判断という。)をなし、右判断は即時確定した。

五 しかしてわが国と英国との間には昭和二年(西歴一九二七年)九月二六日にジユネーブで署名された外国仲裁判断の執行に関する条約(昭和二七年条約第一一号、以下ジユネーブ条約という。)により仲裁判断の執行に関し相互の保証があるので、民事訴訟法第八〇二条第一項にもとずいて本件仲裁判断につき執行判決を求める。」

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁及び主張として次のとおり陳述した。

「一 (一) 請求原因第一項の記載事実のうち、原告被告間に本件売買契約が結ばれたこと、右売買契約には原告主張のような仲裁条項が付せられていたこと、原告被告間に右売買契約の準拠法を英国法とする旨の合意があつたこと、原告主張のような郵便が被告に到達したこと、被告が原告の請求する損害賠償を支払わなかつたことは認めるが、被告の懈怠によりエリサ号の輸入許可が不能となつたとの点は否認する。

(二) 同第二項ないし第四項の記載事実のうち、仲裁人の選定、仲裁手続が英国仲裁法の規定により適法に行われ、原告主張のような仲裁判断が成立し、それが確定したことは争わない。

二 本件仲裁判断は、英国仲裁法にもとずいてなされた外国仲裁判断であるから、民事訴訟法第八〇二条第一項の適用がなく、ジユネーブ条約も外国仲裁判断について右規定を適用すべき根拠とはならないものと解すべきである。すなわち、ジユネーブ条約第一条には「……一九二三年九月二四日ジユネーブで開放された仲裁条項に関する議定書が規定している現在又は将来の紛争に関する約定に従つた仲裁判断はその効力を有するものと認められ、かつその判断が援用された領域の手続規定にしたがつて執行されるものとする」と規定されているが、ここにいう「判断が援用された領域の手続規定」とは、外国仲裁判断の執行のための手続を指称していることは明白である。昭和三三年(西歴一九五八年)六月一〇日に国際商事仲裁会議において成立した新しい外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約において、外国仲裁判断の執行手続については内国仲裁判断の執行手続よりもその要件を加重するような定めをしてはならないとの規定が設けられたのは、ジユネーブ条約第一条にいう「手続規定」が外国仲裁判断の執行に関する手続規定に外ならぬことを根拠ずけるものである。しかるに民事訴訟法第八〇二条第一項は、同法第八編に適合する内国仲裁判断についての規定であり、わが国の法律には外国仲裁判断の執行については何らの手続規定が存在しないのであるから、外国判決の場合とは異なり、民事訴訟法の建前としては外国仲裁判断について執行を許さない趣旨であると解すべきである。

三 仮に、外国仲裁判断についてもジユネーブ条約にもとずいて民事訴訟法第八〇二条第一項の適用があるとしても、次のような理由によつて本件仲裁判断には執行判決を与えるべきではない。

(一) ジユネーブ条約第一条第二項(b)の要件を欠いている。すなわち、本件仲裁判断の目的たる事項は、被告の本件売買の目的である船舶に関する輸入許可申請の懈怠及びこれにもとずく原告の被告に対する損害賠償の請求であるところ、右輸入を許可するか否かは専ら日本政府の自由裁量に委ねられていたのであるから、結果的に不許可となつても、果して被告に申請義務の懈怠があつたか否か、そして本件損害の発生が果して被告の懈怠によるものであるか否かは何人も判断し得ない性質のものであるというべきであり、要するに右事項はわが法令によつて仲裁による解決が可能なものとはいうことができない。

(二) 同条第二項(e)の要件を欠いている。すなわち、

(1)  前記(一)に記載した理由により被告による輸入許可申請義務の懈怠と原告の損害発生との間に因果関係があるかどうか不明確であるのに、これがあるとして被告に損害賠償を命ずる本件仲裁判断を執行することはわが国の法の原則に反する。

(2)  被告が輸入許可の申請をなすべき義務については、その履行期日の定めがなかつたのであるから、被告に義務の不履行があつたとはいえないのに、しかも被告に損害賠償を命ずる本件仲裁判断を執行することはわが国の法の原則に反する。

(3)  前記二に記載したとおり民事訴訟法には外国仲裁判断の執行手続に関し何らの規定がなく、しかもなお本件仲裁判断に執行判決を与えることはわが国の公の秩序又は法の原則に反する。

(4)  本件仲裁手続は、被告を審尋することなくして原告の主張と原告提出の証拠のみにもとずいてなされた著しく不公平なものであるから、かかる手続にもとずいてなされた本件仲裁判断を執行することはわが国の公の秩序に反する。

(三) 同条約第二条第一項(a)の事由が存在する。すなわち、本件売買契約の第七条は「本契約は売主がイタリヤ政府から本船の売渡につき売主の受諾しうる条件による許可を受けること並びに買主が日本政府から所要の許可を受けることを要するものとする」と規定しているが、ここにいう「本契約」とは本件売買契約の契約条項のうち実質的な内容、すなわち船舶の引渡、代金の支払、その支払の時期等についての条項を指称しているものであつて(第三条、第八条、第一三条においても「本契約」を同様の趣旨の用語として用いている。)、その効力の発生は、イタリヤ国及びわが国両国政府の各所定の許可を停止条件としていることが右規定より明らかであるから、右契約第一四条にいう「本契約」も亦同様な意味において用いられているものと解すべきである。したがつて、同条において定められている仲裁付託の範囲は、本件売買契約の実質的内容に関して生じた一切の意見の相違、請求又は紛争に限られ、本件仲裁判断の対象となつている被告の輸入許可の申請義務に関する事項(第七条後段)は、右のような本件売買契約の実質的内容に属しないので、本件仲裁付託の範囲外であると解すべきである。

(四) 民事訴訟法第八〇一条第一項第四号の事由が存在する。すなわち、本件仲裁判断は被告を審尋することなくしてなされたものであつて、原告被告間に審尋を省略してもよい旨の合意があつたわけでもない。

しかして、英国法にもとずいてなされる仲裁判断にしたがう旨の合意があつても、直ちに審尋を省略してもよい旨の合意があつたとは解せられない。仲裁審理期日に被告が欠席したのは、本件紛争が仲裁付託の範囲外であると信じて仲裁手続に付すること自体を争つていたためであるから、仲裁手続に付することを認めたうえで欠席する場合と異なり、被告が審尋を受ける権利を抛棄したものということはできない。

四 以上のとおりであるから、いずれにしても原告の本訴請求は理由がない。」

原告訴訟代理人は、更に被告の主張に対して次のとおり陳述した。

「一、被告の主張二について。

ジユネーブ条約第一条第一項本文にいう「その判断が援用された領域の手続規定」とは、外国仲裁判断のみの執行に関する手続規定を意味するのではなく、原則として内国仲裁判断の執行に関する手続規定を指すものと解すべきである。同条は先ず所定の外国仲裁判断について締約国においてその国の内国仲裁判断としての効力を承認しているのであつて、かようにしてその効力を承認された外国仲裁判断については、原則として内国仲裁判断と同じ法的規制がなされなければならず、唯ジユネーブ条約は締約国が外国仲裁判断の執行について特別の手続規定を設けることを禁じてはいないので、かかる特別の規定を設けることもできるが、それは例外にすぎないものと解すべきである。しからば同条の「手続規定」は、前記のように解すべきことが明らかである。なお、被告主張の新条約は、外国仲裁判断の執行手続につき、内国仲裁判断の執行手続よりも要件を加重するような定めをしてはならないといつているにすぎず、外国仲裁判断を内国仲裁判断と同一に取り扱うという原則をジユネーブ条約よりも徹底しようとする趣旨に外ならない。

二 (一) 被告の主張三(一)について。

ジユネーブ条約第一条第二項(b)にいう「仲裁による解決が可能」とは、民事訴訟法でいう「当事者が係争物について和解をする権利がある場合」等を指すものと解すべきところ、本件仲裁判断の目的たる事項は、被告に本件売買契約上の債務不履行があつたか否かの点についてであるから、わが国の法令により解決の可能なものである。

(二) 被告の主張三(二)(1) (2) (3) について。

被告の主張は、要するに本件仲裁判断の内容を攻撃するものでジユネーブ条約第一条第二項(e)とは関連がない。

(三) 被告の主張三(二)(4) について。

被告は、前記のとおり仲裁判断のための審理期日の通知を受けているのであるから、被告には充分に防禦方法を構じうる機会が与えられたものというべく、被告欠席のまま審理がなされたとしても、何ら違法はないし、ジユネーブ条約第一条第二項(e)の要件を欠くものではない。

三 被告の主張三(三)について。

本件売買契約の第一四条は「本契約にもとずき生ずる一切の意見の相違、請求又は紛争」を仲裁付託事項としており、被告主張のようにいわゆる実質的履行条項の前提要件に関するものを仲裁付託事項から除外する旨の規定は存在しない。しかして英国判例法によれば「或る契約にもとずいて生ずる(″arising under an agreement″)紛争」という言葉は広い意味に解釈され、当該契約が廃棄され或いは不成立となつたことに関する紛争をも含めて用いられる。したがつて、被告が本件売買契約第七条後段の許可申請義務を怠つたかどうかということは、当然同契約第一四条の仲裁付託事項のうちに含まれている。(なお、英国仲裁法第三二条は、同法の適用がある仲裁契約は書面を以てなされなければならないことを規定しているので、本件仲裁契約の趣旨は契約書の文言のみによつて解釈されるべきである。)

四 被告の主張三(四)について。

本件は民事訴訟法第八〇二条第一項にもとずく訴訟であるが、同条第二項の適用はなく、その審理の対象はジユネーブ条約第一条第二項各号及び第二条第一項各号の規定する各事項の存否であつて、民事訴訟法第八〇一条第一項各号の事項の存否ではない。したがつて、被告の主張はそれ自体理由がない。」

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一号証から第五号証を提出し、証人岸偉一の証言を援用し、乙第一号証の成立並びにその原本の存在及び成立を認めた。

被告訴訟代理人は、乙第一号証を提出し、証人豊島美王麿の証言を援用し、甲第一号証、第四号証、第五号証の成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一、原告の本訴請求は、原被告間の紛争につき西歴一九五〇年英国仲裁法(Arbitration Act, 1950 )にもとずいて成立した仲裁判断をわが国において執行するため、その執行判決を求めるものである。しかしこの仲裁判断については後述のとおりジユネーブ条約の適用があるものと解せられるところ、同条約第一項には「・・現在又は将来の紛争に関する約定に従つた仲裁判断はその効力を有するものと認められ、かつその判断が援用された領域の手続規定にしたがつて執行されるものとする。」と規定されている。しかるにわが国には外国仲裁判断の執行のための手続規定なるものは特に設けられていないので、もしここにいう「仲裁判断が援用された領域の手続規定」なるものが、外国仲裁判断の執行のための特別の手続規定を指称しているとすれば、本件仲裁判断について執行判決を求め得べき法文上の根拠は直接には存在しないこととなる。果してそうであろうか。従来外国法に準拠して成立した仲裁判断(以下外国仲裁判断という。)に、内国法にもとずいて成立した仲裁判断(以下内国仲裁判断という。)と同一の効力を承認するかどうかは各国において法制を異にするところであつたが、そもそも各国の法律が仲裁制度の存在を認め、仲裁判断に既判力及び執行力を付与しているのは、当事者によつて、仲裁契約のうちに自由に表明されているところの仲裁人の判断に服従しようとする意思を尊重承認し、当事者の自由な意思によつて選任された仲裁人の判断に国家主権の発動にもとづいてなされる公権的判断である判決と同一の効力を認めようとするものであつて、かかる当事者の意思を承認するについては、これに領土的限界を画し、当該仲裁判断が如何なる国の法律に準拠して成立したか等の事由によつてことさら区別を立てるべき理由は存在しないのであり、この限りでは国家主権の発動によつてなされた外国判決承認の場合とは異るのであるから、外国仲裁判断についても一定の要件を充足する限り原則としてこれに内国仲裁判断と同一の効力を認めるのが相当である。

ジユネーブ条約は、まさにこのような考え方のもとに立ち、締約国の間で外国仲裁判断の内国における効力承認の原則を確立すると共に、その執行等に関する要件を加盟各国の間において可及的に画一ならしめることを目的として締結されたものであると解すべきであるから、同条約第一条第一項にいわゆる「…その判断が援用された領域の手続規定…」とは、ここではまず内国に外国仲裁判断の執行に関する特別の手続規定の存在する場合(たとえば前記英国仲裁法)にはその手続規定を指称するが、若しこれが存在しない場合には前記の一般原則にてらして内国仲裁判断の執行に関する手続規定を指称するものと解することを妨げないものというべきである。これに反し「…その判断の援用された領域の手続規定」という文言は、これを外国仲裁判断の執行のための特別規定と解しなければならないとする文理上の根拠に乏しいのみならず、かく解するのほかなしとすれば、その規定を欠くわが国においてそもそも右ジユネーブ条約はなんらの意味をももたないこととなり、その失当なることは明らかである。したがつて外国仲裁判断の執行に関する特別の規定の存しないわが国においてはまずもつて内国仲裁判断の執行に関する民事訴訟法第八〇二条第一項によつてその執行判決を求め得るものというべきである。ただ右条約が外国仲裁判断の承認又は執行のための要件を直接規定しているのは、その要件をできるかぎり加盟各国の間で画一ならしめようとするためであること前記のとおりであるから、右執行判決のための要件としては、わが民事訴訟法第八〇二条第二項第八〇一条の規定にかかわらず、右ジユネーブ条約自体の規定するところに従うべく、かつこれをもつて足るものといわなければならない。

二、本件仲裁判断はジユネーブ条約の適用がある外国仲裁判断であると認められる。すなわち、本件仲裁判断は、ジユネーブ条約第一条第一項が規定しているところの同条約の適用を受けるための要件を次のとおりすべて具備している。

(一)  昭和二九年一月二五日に原告被告間に締結された原告所有汽船エリサ号に関する書面による売買契約で「本契約にもとずいて生ずる一切の意見の相違、請求又は紛争は、すべてロンドンにおいて当事者がそれぞれ一名の仲裁人を選任し、その仲裁によりこれを解決する」旨の仲裁条項が付せられていたことは当事者間に争がないが、このような仲裁条項はジユネーブ条約の前提である大正一二年(西歴一九二三年)九月二四日にジユネーブで作成された仲裁条項に関する議定書(昭和三年条約第三号以下議定書という。)の規定している「現在又は将来の紛争に関する約定」に適合するものと解せられる。

(二)  本件仲裁判断がジユネーブ条約に加盟している英国の、その適用があるロンドンにおいてなされたこと、右条約に加盟しているイタリヤ国及びわが国の各裁判権に服する原告被告間においてなされたものであることは、いずれも当事者間に争がない。

三、次にジユネーブ条約は、その第一条並びに第二条において同条約の適用がある外国仲裁判断の承認又は執行の積極的ないし消極的要件を規定しているが、右の要件は、前述のとおり従来締約国間においてまちまちであつた外国仲裁判断の承認及び執行の要件を画一化したものであつて、前述のとおり本件仲裁判断については同条約の適用があるのであるから、右仲裁判断につき民事訴訟法第八〇二条第一項を準用して執行判決を付与する要件としては、右条約に定める要件をもつて必要かつ充分であると解すべきである。そこで本件仲裁判断がかかる要件を具備しているかどうかについて順次検討する。

(一)  ジユネーブ条約第一条第二項各号に規定する積極的要件の存否について。

(1)  (a)の要件について(判断が、関係適用法令により有効な仲裁付託に従つてされたこと)。

本件仲裁条項を含む売買契約の準拠法を英国法とすることについて原告被告間で合意がなされたことは当事者間に争がないが、右仲裁条項は、英国法によれば有効であると解せられる。しかして成立に争のない甲第一号証によれば、本件仲裁判断は本件仲裁条項にもとずいてなされたことが明らかであるから同号の要件は充足されている。

(2)  (b)の要件について(判断の目的たる事項が判断の援用される国の法令により仲裁による解決が可能なものであること)。

前掲甲第一号証によると、本件仲裁判断の目的たる事項は被告の本件売買契約第七条後段の「両当事者はかかる(自国政府の)許可をできる限り早く入手するよう全力を尽くすべきものとする」との規定に違反する債務不履行の行為があつたか否か、もしあつたとすれば被告は原告に対してどれだけの損害賠償義務を負うかということであることが認められる。しかして同号の規定する「判断の目的たる事項が判断の援用される国の法令により仲裁による解決が可能なものである」とは、換言すれば、仲裁判断の対象が仲裁判断の援用される国の法律にしたがい仲裁手続に付することを許された事項であることを意味すると解せられるが、仲裁手続に付することを許された事項とは要するに当事者の自由な処分に委ねられ、和解の対象になり得る法律関係に関する事項に外ならない。しかして、前記のような本件仲裁判断の目的たる事項、すなわち被告の原告に対する債務不履行にもとずく損害賠償義務の存否、賠償額の決定は、わが国の法律の建前から当事者の自由に処分し和解することのできるものであることは、むしろ疑のないところであるから、同号の要件も亦充足されているというべきである。被告は、本件売買の目的たる船舶の輸入を許可するか否かは専ら日本政府の自由裁量に委ねられていたのであるから、結果的にそれが不許可となつたとしても果して被告に申請義務の懈怠があつたか否か、原告の損害が果して被告の懈怠によるものであつたかどうかは何人も判断し得ない性質のものであると主張する。成程船舶の輸入を許可するか否かは専ら日本政府の自由な裁量に委ねられていることは被告の主張どおりであつて、被告の許可申請義務の懈怠と原告の損害の発生との間に因果関係があるかどうかは一応問題となり得るところではあるとしても、このような因果関係の存否は、正に仲裁人によつて判断されるべき事柄であつて被告に右懈怠があつたかどうかの点も同様である。要するに、本件仲裁判断の目的たる事項は、わが国の法令により仲裁による解決が充分可能なものであるといえるから、この点についての被告の主張は理由がない。

(3)  (c)の要件について(判断が、仲裁付託に定める仲裁裁判所によつて、又は当事者の合意による方法で且つその仲裁手続に適用される法令に従つて構成された仲裁裁判所によつて、されたものであること)。

本件仲裁判断をなした仲裁人の選任が英国仲裁法にもとずいて適法になされたことについては当事者間に争がない。

(4)  (d)の要件について(判断が、その判断がなされた国において確定したこと)。

本件仲裁判断が英国仲裁法にもとずいて確定していることは当事者間に争がない。

(5)  (e)の要件について(判断の承認又は執行が、判断が援用される国の公の秩序又はその国の法の原則に反しないこと)。

(イ) 被告が本件仲裁判断の執行がわが国の公の秩序又は法の原則に反する理由として主張する諸点について判断をする。

(a) 被告の答弁三(二)(1) について。

本件仲裁判断が被告の許可申請義務の懈怠と原告の損害の発生との間に因果関係を認めて被告に右損害の賠償を命じたことは被告の主張のとおりであるが、既に説示したとおり、そのような因果関係の存否は仲裁による判断が可能なのであるから、それが不可能であることを前提とする被告の主張はそれ自体理由がないものというべきである。

(b) 被告の答弁三(二)(2) について。

本件売買契約第七条後段の定める当事者の自国政府に対する所定の許可申請義務については履行期日の明確な約定がないことは被告のいうとおりであるが、右規定は、両当事者が当該許可を「できる限り早く」(As soon as possible )入手するよう「全力を尽くすべき」(to do their utmost)ものと定められているのであつて、被告がそのような許可申請義務に違反したかどうかについては判断が可能であるから、本件仲裁判断が被告の申請義務懈怠を認め、損害賠償を命じたことを攻撃するのは、結局仲裁判断の内容を非難するのに外ならない。しかして、仮に仲裁判断の内容が不当であつたとしてもそのような仲裁判断の執行が直ちにわが国の公の秩序又は法の原則に反するといえないことはいうまでもない。

(c) 被告の答弁三(二)(3) について、

外国仲裁判断の執行については民事訴訟法第八〇二条第一項を準用すべきことは既に説示したとおりであるから、被告の主張はそれ自体理由がない。

(d) 被告の答弁三(二)(4) について。

前掲甲第一号証によると、本件仲裁判断手続は、その審理期日に被告が欠席したまま一方的に進められたことが明らかであるが、本件仲裁人は、右審理期日に先立つて被告に右期日を通告するとともに、若しいずれかの当事者が正当かつ充分な欠席理由なくして右期日に出頭しない場合には、出頭した当事者の要求があれば、仲裁手続を一方的に進める旨を通知しているのであるから、被告は、右期日に出頭してその意見を陳述する機会を与えられたものというべく、そうだとすれば、被告欠席のまま仲裁判断手続が進められたとしても、被告がその利益を防禦する機会を不当に奪われたとも、又その結果なされた仲裁判断が不公平なものであるということはできないので、被告の右主張も亦理由がないものといわなければならない。

(ロ) 右のとおり、被告が主張する諸点は、いずれもその理由を認めがたいが、その他に本件仲裁判断の執行がわが国の公の秩序又は法の原則に反すると認むべき特段の事情は見当らない。

(二)  ジユネーブ条約第二条第一項各号に規定する消極的要件のうち、被告がその存在を主張する同項(c)の要件について。(判断が、仲裁付託の条項に定める紛争若しくはその条項の範囲内にある紛争に関するものでないこと又は判断が、仲裁付託の範囲をこえる事項に関する規定を含むこと。)

本件仲裁判断が本件売買契約第七条後段に定められた被告の日本政府に対する所定の許可申請義務の懈怠の有無をその判断の対象としていることは既に説示したとおりであるが、そのような義務の懈怠の有無に関する紛争が本件仲裁条項にいう「本契約にもとずき生ずる一切の…紛争」(Any disputes arising under this Agreement )に該当するか否かについて考えてみよう。先ず西歴一八九三年英国物品売買法(Sale of Goods Act 1893)によれば、いわゆる売買契約(contract of sale)には、売買(sale)と売買の契約(agreement to sell )とがあり、前者は契約と同時に物品の所有権が売主より買主に移転される場合であるのに対し、後者は物品の所有権の移転が将来のある時期においてなされ、又は将来成就される条件の発生不発生にかけられている場合であるとされており、又同法の規定は船舶にも適用があるとする西歴一九二七年の英国高等法院の判例(Behuke V. Bede Shipping Company Limited 1927. 1KB649)がある。しかして、本件売買契約はいずれに該当するか、右契約の第七条は「本契約は売主がイタリヤ政府から…許可を受けること、並びに買主が日本政府から所要の許可を受けることを要するものとする」(This agreesment is subject to Vendors obtining approval from the Italian Government…and to Purchases obtining the necessary approval from the Japanese Gover nment.)と規定しているが、右規定はその余の条項とあわせれば、本件売買の目的たる船舶の所有権の移転の効力及びこれに伴う原告被告双方の権利義務の発生を、原告被告双方が各自国政府から所要の許可を受けるという停止条件にかからしめる趣旨であると解することができるので、本件売買契約は前掲英国物品売買法にいう「売買の契約」(agreement to sell )であることが明らかである。しかして、右契約の第七条後段が「両当事者はかかる許可をできる限り早く入手するよう全力を尽くすべきものとする」(″Bothparties are to do their utmost to obtining such approvals as soon as possible″ )と規定しているのはまさに前記停止条件を成就せしめるために設けられた当事者双方の許可申請義務について定めた条項であるから、本件売買契約成立の時から直ちに効力を生じたものと解すべきであつて、そうだとすればそのような義務の懈怠があつたかどうかについての紛争は、特にこれを除外する趣旨の規定がない限り、本件仲裁条項にいう「本契約にもとずき生ずる一切の…紛争」に含まれていると解するのが相当であつて、かかる見解は西歴一九二八年の英国高等法院の判例(De la Garde V. Worsnopand Company 1928. 1ch 17)のうちに判示されている。被告は、第一四条にいう「紛争」とは、本件売買契約の契約条項のうち実質的な内容に関する条項についての紛争のみを指しており、その前提条件についての当事者の義務を規定したにすぎない第七条後段に関する紛争を含まないと主張する。成程同条後段の定める当事者双方の許可申請義務は、厳格に解すれば本件売買契約(agreement to sell )により生ずる本質的な義務ではなく、いわば派生的な義務にすぎないともいうことができるかもしれないが、本件売買契約がかかる義務を廻つての紛争を仲裁付託の範囲より特に除く旨を定めているならば格別(被告は、本件仲裁条項がそのような趣旨のものであることを証人の証言をもつて立証をこころみようとしているが、前掲英国仲裁法第三二条によれば、同法の適用ある仲裁契約は書面による要式行為とされているので、契約条項の解釈は原則として契約書の文言によつてのみなすべきものと解する。)そうでない以上これを本件仲裁付託の範囲外であると解すべき根拠は存在しない。被告がその主張を裏付けるものとして指摘する前記本件売買契約第七条前段の規定の存在は、何ら右の結論を左右するものではない。したがつて、被告の主張は理由がなく、ジユネーブ条約第二条第一項(c)に該当する事項は存在しないものというべきである。

四  被告は、本件仲裁判断は被告を審尋することなくしてなされたので、民事訴訟法第八〇一条第一項第四号の事由が存在する旨主張するが、前述のとおり、本件仲裁判断はジユネーブ条約の適用を受けるのであるから、その執行判決を求める本訴において審理の対象となるべき要件は右条約の規定する事項であつて、民事訴訟法第八〇二条第二項、第八〇一条第一項各号の適用はないものと解すべきであるから、被告の右主張はそれ自体理由がないものといわざるを得ない。(もつとも条約第二条第一項(b)は「判断が不利益に援用される当事者が、防ぎよをすることが適当な時期に仲裁手続について通告を受けなかつたこと」を消極的要件の一としており、被告の右主張はこれをいうものと解しても、その理由のないことは前記三(5) (d)に説明したところからおのずから明らかである。

五  以上説示のとおりであるから、本件仲裁判断について執行判決を求める原告の本訴請求は理由があると認められるので、これを認容すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓藏 小中信幸)

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